クモの糸の人工合成を成功させたSpiberというバイオテク企業がスゴいぞ!

 世間の知名度はまだ低いけれど、バイオ技術を武器に果敢に新事業に挑み続けるベンチャーやスタートアップがバイオテク業界にもたくさんあります。

 

そんなベンチャーやスタートアップについて独断と偏見で紹介していき、バイオテク業界でのキャリアを考えるきっかけになればと考えました。

 それでは、記念すべき第一弾!

 軽くてもしなやかで強い夢の繊維素材として世界中が注目しながらも実現不可能だった蜘蛛が紡ぎだす糸の人工合成に成功したベンチャー企業山形県にあります。

その企業の名が「Spiber(スパイバー)」であり、今回の主役です。

2018年には50億円もの大金を調達し、東南アジアに量産工場の建設計画を発表したばかりのスパイバーは経産省が選定したJ-Startupの一員です。

www.nikkei.com

 

僕がスパイバーの存在を知ったきっかけとなったのがYouTubeにアップされたある動画でした。

歳が近くほぼ同世代であるスパイバー創業者の関山社長が描く「ものづくり」の未来に強く感銘を受けたのを覚えています。これからスパイバーについて紹介していきますが、その前にその動画をご覧ください。


クモの糸で変わる世界: 関山 和秀 at TEDxTokyo

動画タイトルのとおり、スパイバーにはこれまでのものづくりの概念を大きく変えてしまう力があります。世界中の優秀な研究者や技術者が「そんなのできっこない」と諦めていたことでも、辛抱強く信念を貫き「やってみる」ことで世界に先駆けて成功させました。今後は東南アジアで建設予定のプラントが動き出せばますます面白くなります。

何よりも「チャレンジ精神」と「知的好奇心」こそが研究者や技術者にとって重要な資質だと改めて考えさせられました。

 

スパイバーとは?

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(出典:Spiber株式会社

 

スパイバーの企業概要を紹介します。

  • 【企業名】Spiber株式会社
  • 【企業情報】山形県鶴岡市に本社を置く繊維ベンチャー企業です。
  • 【事業内容】新世代バイオ素材開発
  • 【設立】2007年9月
  • 【社員数】93名(取締役8名含む。2015年10月現在)→ 186名(取締役9名含む。2018年4月現在)
  • 【URL】http://www.spiber.jp

データは少し古いですが、2年半で社員数が倍増しているところからも成長著しい企業だと分かります。

スパイバーがユニークなのは東京や大阪など都市部に本社を置くのではなく、都会ととはいえない山形県鶴岡市に本社を置くところです。

これには明確な理由があります。鶴岡と聞いてピンっときたならばバイオテクの業界に詳しいかと思います。

 

注目したのは「クモの糸」だった

蜘蛛の糸と書くと気持ち悪いと感じてしまう方も大勢いるので、以降はカタカナで表現します。

スパイバーの事業が伝統的な養蚕のようにクモを集めて人工的に糸を紡がせるような事業であるならば紹介もしません。先進性もなければスケーラビリティもなく、面白さにも欠けます。

スパイバーのことを面白いと感じてしまうのはクモの力を借りずクモの糸と同じ成分の糸を人工的に作らせる技術があるからです。実験室で少量を作るだけでなく量産化も可能にしたために注目をされています。

 

クモの糸が「夢の素材」!?

クモが紡ぎだすクモの糸に人生のなかで一度くらいはかかったことがあるのではないでしょうか。糸が自分の体にまとわりつくと、ねばりけもあって、柔らかいし、非常に厄介です。

実をいうと、糸の正体はアミノ酸が連なった「フィブロイン」と呼ばれるタンパク質です。

クモの遺伝子情報のなかでフィブロインをコードする遺伝子の情報があれば「遺伝子組み換え技術」を使うことでフィブロインの人工合成は理論上は可能です。

この企業の存在を知るまで僕も知りませんでしたが、クモの糸は「石油を使わない夢の繊維素材」と言われ、そのポテンシャルは高くて「ナイロンより高い柔軟性と鋼鉄より340倍も高い強度を兼ね備えた夢の繊維素材」なのです。

軽いくせに鉄よりもずっと固く、しなやかって「そんなものあるわけないじゃん」って思ってしまいますよね。だから、夢の繊維素材なのです。

繊維素材としてのクモの糸の強度を説明するために比較されるのが防弾チョッキに使われる「アラミド繊維」ですが、その強度はアラミド繊維の7倍にも達します。防弾チョッキの7倍の強度がある繊維が現実にあれば、飛んでくるどんな銃弾でも跳ね返すでしょう。クモが紡ぎ出す糸に繊維素材としてそれほどまでのポテンシャルを持っているとは到底想像できません。

これだけ高いポテンシャルを持った繊維素材ですから、着目する企業や研究機関はスパイバーだけではありません。アメリカ軍やNASAも研究に着手し、実用化に向けた開発を試みましたが難易度の高さに断念したと言われています。

 

世界初のクモの糸人工合成技術!

スパイバーがもっともスゴいと感じることは、人工合成したクモの糸を使って、それを「紡糸」し、その量産化技術の開発に世界に先駆けて成功したことです。ただ単に蜘蛛の糸の人工合成に成功しただけではありません。

スパイバーは、タンパク質として人工合成した蜘蛛の糸を実際に使える「素材」として糸状に紡糸しました。さらに、その大量生産にも目途を立てました。モノづくり企業というのは、常に生産コストと戦っています。実用化を考えれば生産コストを低く抑えるためにも、量産化技術の開発は必須です。生産は研究と似て非なるものであり、スケールが上がれば理屈どおりにはいきません。

The Wall Street Journalの記事でもあるように、そもそもタンパク質はとても扱いづらい素材です。

カギとなる試練は、量産する上でいかに糸を強くできるかだ。これまで多くの研究者がこの課題につまずいてきた。さらに、樹脂で糸を覆うなどの方法を含め、さまざまな要素から糸を保護する手法についても実験を重ねる必要があるという。全ての有機物がそうであるように、クモ糸も最終的に分解される。

(出典:The Wall Street Journal

少し専門的になりますが、蜘蛛の糸がタンパク質ということは、蜘蛛はそれをコードする遺伝子を持っており、その遺伝子を大腸菌など別の生物に導入出来れば強制的に人工合成された蜘蛛の糸を得ることは大学生でも思いつくありふれたアイデアです。
しかし、実際には思うように作られなかったり、凝集して不溶化してしまったり、安定せずに分解されたりと問題は尽きません。さらに、実用化を考えれば、その後の紡糸技術や成形技術の開発も同時に必要です。
これらの開発が研究室(実験室)レベルで成功したとしても、次に生産する工場レベルへスケールアップしていくなかで新しい問題が生じ、開発の難易度がさらにさらに押し上げられることが普通です。また、生産では① 安全に操業できる、② 生産コストを安く抑える、③ ばらつきなく、安定した品質の製品を生産し続けられるの3つの要素も満たすことが求められます。 

スパイバーはベンチャー企業であり、人的なリソースが十分でなかった時期にこれら種々さまざまな問題・課題をクリアし、ノウハウを積み上げたことで実用化の目途を立てました。

これがどれほどスゴイことなのか、この企業の将来が楽しみでなりません。

 

蜘蛛の糸を「QMONOS」と命名

スパイバーが開発に成功した蜘蛛の糸は「QMONOS」と名付けられました。人から好まれない蜘蛛を全く連想させないこの表記は秀逸でお洒落だと思います。

QMONOSの開発には経済産業省NEDO(新エネルギー・産業技術開発機構)の支援も受けており、国家プロジェクトにも指名選定されています。

さらに、僕も好きなアウトドアブランド「The North Face」ともタッグを組み、QMONOSを使った実用化としてプロトタイプにはなりますがMOON PARKAの開発にも成功しています。

THE NORTH FACE - Spiber × GOLDWIN

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(出典:Moon Parka: World's First Garment Made From Synthetic Spider Silk

 素材が人工合成された蜘蛛の糸で作られているとは思えないこの見た目です。化学繊維と言われても信じてしまうほど見た目の遜色がありません。

 

創業者の思い

スパイバーの人工合成クモの糸素材開発への挑戦は、創業者であり、社長でもある関山社長の学生時代にまで遡ります。

まず、関山社長の経歴は次の通りです。

2001年慶應義塾大学環境情報学部入学、同年9月から先端バイオ研究室である冨田勝研究室に所属。2002年より山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所を拠点に研究活動に携わり、2004年9月よりクモ人工合成の研究を開始。これを事業化するため大学院に進学し、博士課程在学中の2007年9月、学生時代の仲間とともにSpiber株式会社を設立、代表取締役社長に就任。2015年9月にアウトドアジャケットのプロトタイプモデルを発表。

(出典:未来を変えるプロジェクト by DODA

 関山社長は、慶応義塾大学へ在学中、山形県に大学が研究所を建てることを知り、これはチャンスだと思い、文系から理系に進転身したそうです。チャンスだと思い、行動に移せるところが凡人の思考とは違います。

研究室の合宿の夜、大学の後輩の菅原潤一・現執行役と酒を飲んだ時だった。「最強の生物」の話題をつまみにした。「クモだ」。2人の答えは同じだった。「この世で最も強い糸を出すクモは事業になる」。菅原執行役の一声で会社名まで決まった。「スパイダー(クモ)とファイバー(繊維)でスパイバー、いいね」それから研究活動に没頭し、そして博士課程に進学した2007年9月に同じ志を持った仲間たちと起業し、スパイバーを創設しました。
(出典:山形新聞

社名もユニークで好感が持てます。企業としてのセンスが良く、ロゴもホームページも素敵ですから覗いてみてください。

www.spiber.jp

 

大量生産で夢は広がる

先ほども書いたようにスパイバーは国家プロジェクトであるNEDO(新エネルギー・産業技術開発機構)も注目しています。

 クモの糸は、世界で最もタフな繊維です。また、エネルギー問題、環境問題などが人類社会の大きな課題となるなか、その性能だけではなく、原料を石油に依存しない環境負荷の極めて少ない次世代素材として注目されており、工業化が期待されています。しかしながら、人工的なクモ糸を工業部材や製品を試作できる規模で生産可能とする技術は確立されておりませんでした。

(出典:NEDO

さらに、Wall Street Journalの記事では量産化について今後の目標について書かれています。

スパイバーは2015年に月間1トンのクモ糸の生産化を目指している。11月までには1カ月の生産量を現在の約100キロから3倍にまで引き上げる計画だ。

(出典:The Wall Street Journal

古い記事ですので既に月間1トンの生産量を達成しているかもしれません。実験室レベルでmg単位のタンパク質を生産することの苦労を知る人であれば、トン単位で生産できる技術がいかに優れたものかを理解しやすいと思います。

バイオ産業は設備産業とも言われ、大量生産するためにはスケールに合った大型設備が必要です。参入において莫大なイニシャルコストがかかります。設備投資もしていかなければならず経営は大変かと思いますが、僕はこれからもスパイバーのファンとして応援していきたいと思います。

 

クモの糸にとどまらない、タンパク質を操るということ

鋼鉄の340倍という異次元のタフネスを有する「クモの糸」をはじめとするタンパク質は、20種類のアミノ酸の組み合わせにより多種多様な素材を生み出すことが可能な素材の「プラットフォーム」です。機能性と環境性に優れ、テーラーメイドで多品種少量生産でも低コスト化が可能という、とてつもないポテンシャルをもつ新世代の基幹素材として期待されています。遠くない将来、金属やガラス、ナイロンやポリエステルのように、人類がタンパク質を使いこなす時代が到来します。私たちは、志あるパートナーとともに、ものづくりの新時代を切り拓きます。

(出典:スパイバー)

自然界の生物はありとあらゆる構造、活性、性質を有するタンパク質をたった20種類のアミノ酸より合成します。QMONOSの事業で成功し、そこで得たノウハウを用いて、これをプラットフォームとして次から次へと新素材を開発していく考えなのでしょう。

次のアイデアが注目されます。

 

スパイバーに関する求人情報紹介

ここまでスパイバーについて紹介してきました。

スパイバーの事業に興味を持ち、その事業に参画してみたいと強く思われた方もいるかもしれません。求人サイトIndeedを使って、スパイバーの求人情報を調査しました。

(現在は募集が終了している場合がございます)

 

<新卒採用>

中途採用

興味を持った方は是非覗いてみてください。

基本的に公開求人はハローワークを利用されているようです。

転職エージェントにもスパイバーの非公開求人の取り扱いがあるかもしれません。各社、担当のコンサルタントに尋ねてみてください。

スパイバーのようなベンチャー企業では、企業自体の注目度が高まるにつれて入社難易度は高くなっていきます。

最後にエピソードを一つ紹介します。注目を浴びて資金面でも余裕があるはずのスパイバーですが、本社を東京など大都市に置かず、創業の地に置いています。本社移転は特に考えていないようです。

以前、その理由を関山社長がインタビュー記事で語っていました。

本社を山形県内に置いているのは、フィルタリングだそうです。実際、スパイバーへ入社したいと考える人は、日本国内だけでなく、世界に広がっているようで、全社員の10%は外国籍社員であると書かれていました。注目されるバイオベンチャー、社会貢献性の高さ、将来が有望であること、世界に先駆けて挑戦などなど、聞こえがいい言葉が並ぶ企業なので、残念ながら熱意はなく、その肩書き欲しさに入社を希望する人も増えているようです。そこで勤務地を山形県鶴岡市とすることで一つのフィルタリングを実施しているそうです。入社希望者の大半は、山形県外からの移住になるので、「それでも入社したいか?」と生半可な気持ちで応募ていないこと、その本気度を勤務地で判断しています。


まとめ

いかがでしたか。

 

スパイバーは他にもフィルム、ゲル、スポンジ、ナノファイバーの技術開発にも並行して取り組んでいます。特に、有機物である蜘蛛の糸は生体適合性にも優れているので、医療器具などで使われ始めると世界の医療の進歩に大きく貢献するのかもしれません。
また、軽くてタフな蜘蛛の糸で自動車を作れば、もし仮に交通事故に遭ったとしても軽症で済むのかもしれません。近い将来、この人工的に合成した蜘蛛の糸を使った新素材が世界のありとあらゆるものを変えていくかもしれません。
日本のスパイバーが未来のモノづくりの概念を一変してしまう時も近いかもしれません。